ビバ! 人魚 - プレゼント

【7.おくりもの】

 海人の手当ても終わって、落ち着いて、みんなでソファーに座って。

「ところで、その猫はいったい、どこでどうして拾ってきたの?」

 お母さんが、海人に聞いた。

「土手でつかまえたの。おねえちゃんに、プレゼントしようと思って」

 海人はそう言って、私の方を見て、にっこりと笑った。

「なんで……なんで私に? それにいきなり猫だなんて……」

「だって、おねえちゃんが寂しくないように、僕が連れて来られたんでしょ? だけど、おねえちゃん、僕のこと嫌いみたいだし、じゃあ代わりに、って思って」

 小さい子の考えることって、ほんとに、わからない。

「自分のこと嫌いだって言う人に、プレゼントだなんて、変。それに、その猫だって、無理やりつれてこられて、嫌がってるじゃないの」

「まんざらでもないような顔してるぞ、あいつは」

 お父さんに言われて猫の方を見ると、猫はエアコンの温風がちょうど当たる場所で、気持ち良さそうに寝てる。

「来たときは暴れてたくせに……」

 なんてずうずうしい猫。

「最初は、嫌がってたけど、でも、うちに来れば、きっと気に入るって、思ったんだ。だから、連れて来た」

「……気に入らなかったらどうする気だったの?」

 自分の話してる口調がだんだんきつくなってくるのが分かったけど、でも、海人がいい子ぶってるみたいに見えて、イライラして。

「まあ、結果オーライってことで、な、智」

 お父さんがなだめようとするけど、私は海人をずっとにらみつけてた。

 そして海人は。

「だって、僕も、そうだったもん。最初はここに来るの、恐かったけど、来てみて、良かったって、思ったから……」

「そんなこと言って、ご機嫌取ろうったって、ダメだからね! カレーにコショウ入れられて、それで、良かっただなんて思うはず、ないじゃないっ!」

 ついつい大声が出て。

「でも、おねえちゃん、僕に嫌がらせするとき、なんだか悲しそうな顔するから、きっと、悪い人じゃないんだって、そう思って」

「悪い人よ! いい人は嫌がらせなんてしない!」

 自分がどれだけ嫌なやつか、ってことぐらい、分かってる。

「だって、私、海人のこと、追い出そうとしたんだよ? それにきっと、また嫌がらせするんだから!」

「おねえちゃん、今、『また』って言った?」

「? それがどうしたのよ」

「また、ってことは、ぼく、まだこの家にいて、いいの?」

 言葉に詰まった。

 本当はまだ、追い出したいと思うのを止められないけど。

「……うん」

 って、そう言わないと、お父さんとお母さんに嫌われちゃうと思って、そう言った。

 海人は、

「ありがとう、おねえちゃん! やっぱり、いい人なんだね!」

 そう言って、笑顔を私に向けてきた。

 海人の笑顔を見て、ますます、自分がとんでもない悪人みたいに思えてきて。

 ぎゅっと手を握りしめて、低い声で。

「……私、今でも、海人がいなくなっちゃえばいいって、思ってる。嫌われたくないから言わなかっただけ。ほんとは……」

 だんだん声が大きくなって。

 いつのまにか、ソファから立ち上がってた。

「お父さんとお母さんをひとりじめしたいしっ、これからも嫌がらせするしっ、ぜんっぜん、ものすごく、悪い子なんだから!」

 そして、いつのまにか、泣いてた。

 泣いてる自分が、悪い子の自分がはずかしくて、情けなくて、消えちゃいたくて。

 うずくまって、泣くのを止めようとして、止まらなかった。

「……いちばんの悪い子は、私たちね」

 お母さんが、そう言った。

「智にこんなに辛い思いをさせて。親として失格ね」

「そうだな」

 お父さんとお母さんが、私の手を取る。

「智がどんな気持ちでいるか、分かっていなかった。智のこと、どうやって大切にしたらいいのか、分からなかったんだ」

 うつむく私の顔をのぞき込んで。

「だから、智。これからは、どうしてほしいかを、言葉で言ってくれないかな? そうしないと、馬鹿な父さんと母さんには、分からないんでね」

「ええ。遠慮しないで、ね」

 私はなんだかびっくりしてた。お父さんとお母さんが悪いなんて、そんなこと、今まで考えたこと、なかったから。

「……私が悪いんだと思ってたの。だから大切にしてもらえないんだって」

「ごめんね、智。本当に、ごめんね」

 お母さんは私を抱きしめた。鼻をすする音が聞こえて、泣いてるのが分かった。お父さんも、目をうるうるさせながら、また私の頭をなでた。

 負けずに私もぎゅっとお母さんを抱きしめて。

 負けずに私もうるうるして、ぼろぼろと泣いて。

 なんだか自分の気持ちがよく分からなくなっちゃったけど。

「お母さん、お父さん、だいすき」

 これだけは、きっと、ずっと変わらない気持ちだった。

 8年の間、ずっと。

「よかったね、おねえちゃん」

 海人がにっこり笑ってるのが見えた。すぐに、涙でゆがんで見えなくなった。

 胸にひっかかっていたものが、やっと溶けてなくなった気がした。

 私の8歳の誕生日プレゼントは、海人っていう名前の、弟だった。

 それと、小さくて、大きな、幸せ。

 ……あ、あと生意気な猫1匹も、ね。

(c)Kanata Tohno

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