ビバ! 人魚 - プレゼント

【6.ありがとう】

 お母さんの話によると。

「帰ってきたときには、智も海人もいなくて……」

「お父さんが今、探しに出かけてるの」

「今から、お父さんに連絡して、そっちに向かわせるから」

 それから、あゆみさんに電話を代わって、事情を伝えてもらって、あとここの住所も。

 しばらくしてお父さんが車で迎えに来た。

 車の中で、話をした。

「智。海人がどこに行ったか、思い当たるところは、ないかい?」

「……ない」

「そうか。……それじゃあ、父さんと母さんは、海人を探しにいくから、智は家で待っていてくれないかな?」

「……分かった」

 家に着いて、お母さんと留守番をバトンタッチ。

 私は一人で留守番。一人の留守番は慣れてるけど、でも。

 寂しかった。帰ってこなきゃよかったって、思った。

 結局、お父さんも、お母さんも、海人のほうが大事なんだ。

 喜んだ自分がばかみたい。

 海人が、帰ってこなきゃいいのに。

 お腹が空いてたから、パンを食べて。じっと寂しさに耐えた。

 突然ガチャリと、玄関のドアが開く音がして、お母さんかお父さんが帰ってきたのかな、と思ったら、

「ただいま〜」

 それは海人の声だった。そして、

「にゃう、にゃお、にゃ〜!」

 猫の声。

 家に入ってきた海人は、猫を抱いていた。昼にパンを横取りした猫に、よく似ている。というか、たぶん、あの猫だと思う。しっぽと手足(?)をバタバタと暴れさせて、逃げようとしてるみたい。

 そして猫も海人も雪まみれ。

 よく見ると、海人は体じゅうひっかき傷だらけだった。

 とりあえず私は、お父さんの携帯に電話して、海人が帰ってきたことを伝えた。お父さんとお母さんは、すぐに帰ってきた。

「海人! どうしたんだ、その傷……ん、猫?」

 海人はにこにこ笑っている。私は海人をにらみながら、言った。

「……海人がひろって来ちゃったみたいなの」

「あら、まあ。もしかして、それで帰りが遅くなったのかしら? 心配したのよ、海人」

 ずきん、と心が痛んだ。

「とにかく、傷の手当てをしないと。海人、こっちに来て」

 お母さんは海人の手当てを始めた。

 私がぼうっとその光景を見ていたら、お父さんが私の方を向いて、言った。

「で、だ。智のほうは、一体、何があったんだ?」

 私はうつむいて、黙った。なんて答えていいのか、分からなくて。

「海人のことが、嫌いだから、家出なんかしたのかい?」

 半分当たっていて、でも、違う。

「私、は……」

 辛くて、泣きそうになった。必死に、涙をこらえた。

「だって、私、海人みたいにおりこうさんじゃないし、お父さんもお母さんも、私より、海人のほうが大事なんでしょ? 私、要らないんでしょ?」

「智……」

 お父さんは、悲しそうな顔をした。

「お父さんもお母さんも、智のために、良かれと思って、海人を連れてきた。智が寂しくないように。けれど……」

 お母さんも、海人の手当てを中断して、こっちに来て。

「よけいに寂しい思いをさせちゃったのかもしれないわね。ごめんなさい、智。私たちは、智のこと、何よりも大切に思っているのよ」

 顔を上げると、お母さんとお父さんの、優しい笑顔。

 まだこれだけで、私が大切にされてるって、信じられるわけじゃないけど。

 でも、少なくとも、私は要らない子ではないみたいだって、そう感じたから。

 私は。

「ありがとう、お父さん、お母さん」

 しばらくはまだ、この家にいることにした。

(c)Kanata Tohno

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